飛鳥宮跡とは何か|古代国家のはじまりを見つめる場所

奈良。時々京都。

何もないように見える、飛鳥の静かな草地。
けれどここは、乙巳の変が起こり、天武天皇が新しい国の姿を描いた場所でした。飛鳥宮跡から、日本という古代国家が形づくられていく時間をたどります。

前回は、日本最初の本格的な仏教寺院である飛鳥寺をたどりながら、仏教が古代日本にどのように根づいていったのかを見てきました。

今回は、その飛鳥寺からほど近い場所に広がる**飛鳥宮跡(あすかきゅうせき)**へ向かいます。

「飛鳥宮跡」と聞いても、大きな宮殿や立派な建物を思い浮かべる方は、あまりいないかもしれません。

実際に現地を訪れてみても、目の前に広がるのは静かな草地です。

石敷きの跡があり、柱の位置が示され、案内板が立っている。

それだけを見ると、

「ここに、本当に宮殿があったのだろうか」と思ってしまいそうです。

けれど、少し学生時代の日本史を思い出してみてください。

乙巳の変、中大兄皇子、中臣鎌足、蘇我入鹿、大化の改新、天武天皇――。

教科書の中で覚えた名前や出来事が、次々とこの飛鳥の地につながってきます。

そして、この何もないように見える場所こそ、日本という国が少しずつその姿を整えていった、政治の中心だったのです。

世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」の政治の中心見出し

2026年、世界文化遺産となった「飛鳥・藤原の宮都」は、飛鳥宮跡、飛鳥寺跡、石舞台古墳、藤原宮跡、高松塚古墳、キトラ古墳など、全部で19の構成資産から成っています。

これらは大きく見ると、宮殿・官衙、仏教寺院、古墳などに分けることができます。

そのなかで飛鳥宮跡は、**中央集権国家が形成されていく過程を伝える「政治の軸」**ともいえる存在です。      ーー場所は奈良県高市郡明日香村岡ーー

現在は「飛鳥宮跡」と呼ばれていますが、以前は「伝飛鳥板蓋宮跡」という名称で知られていました。

発掘調査が進むにつれて、ここには飛鳥板蓋宮だけではなく、何代もの天皇の宮殿が重なるように造られていたことが明らかになってきました。

同じ場所に四つの宮が重なっていた

飛鳥宮跡では、7世紀に営まれた宮殿が、大きく四つの時期として確認されています。

舒明天皇の飛鳥岡本宮。

皇極天皇の飛鳥板蓋宮。

斉明天皇の後飛鳥岡本宮。

そして天武・持統天皇の時代へと続く飛鳥浄御原宮です。

ここで面白いのは、宮殿そのものの豪華さだけではありません。

それ以前、天皇の宮は代替わりなどに伴って場所を移すことが一般的でした。

推古天皇も592年に豊浦宮で即位し、その後、小墾田宮へ移っています。

ところが630年、舒明天皇がこの地に岡本宮を営んで以降、宮殿はほぼ同じ場所に繰り返し造られるようになりました。

世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会も、この「宮殿の一か所への定着」を飛鳥宮の大きな特徴として紹介しています。

これは意外に大きな変化だったのではないでしょうか。

天皇が代わるたびに宮を移す時代から、政治を行う中心そのものが一つの場所へ定着していく。

飛鳥は単なる天皇の居所ではなく、次第に継続して政治が行われる場所へと変わっていったのです。

その変化を足元から伝えているのが飛鳥宮跡です。

645年――乙巳の変の舞台

そして、飛鳥宮跡を語るうえで避けて通れない出来事があります。

645年の乙巳の変です。

当時、朝廷では蘇我氏が大きな力を持っていました。

蘇我馬子から蝦夷、そして入鹿へ。

仏教受容の時代から朝廷政治の中心に深く関わってきた蘇我氏でしたが、やがてその強大な権力に対する反発も強まっていきます。

中大兄皇子と中臣鎌足らは、皇極天皇の宮である飛鳥板蓋宮で、蘇我入鹿を討ちました。

天皇の御前で起こった、あまりにも劇的な事件です。

教科書では「645年、大化の改新」と一続きに覚えた記憶のある方も多いでしょう。

けれど、実際にはまず乙巳の変があり、その後、政治改革が進められていきます。

皇極天皇は退位し、軽皇子が孝徳天皇として即位。

翌646年には「改新の詔」が出され、従来の豪族を中心とした政治体制から、天皇を中心とする国家体制へ向かう改革が進められていきました。

歴史は、ある日突然、すべてが変わるわけではありません。

それでも、この飛鳥の宮殿で起きた事件が、その後の日本の政治を大きく動かしたことは間違いありません。

静かな草地に立っていると、そのことがかえって不思議に感じられます。

ここで人が走り、刀が抜かれ、天皇が驚き、そして国の政治が大きく動き始めた。

現在の風景からは、とても想像できません。

天武天皇が思い描いた「新しい国」

飛鳥宮跡の歴史は、乙巳の変だけでは終わりません。

さらに時代が進み、672年の壬申の乱を経て即位した天武天皇も、この場所を政治の拠点としました。

飛鳥浄御原宮です。

天武天皇の時代には、天皇を中心とする国家の仕組みがさらに整えられていきます。

氏族秩序を再編する八色の姓を定め、律令制度の整備を進め、国史編纂にも着手しました。

後の持統天皇の時代へつながり、やがて政治の中心は藤原宮へ移っていきます。

つまり飛鳥宮跡には、

蘇我氏が大きな力を持っていた時代

から、

天皇を中心とした律令国家が姿を現していく時代

までが、幾重にも重なっています。

飛鳥宮跡が世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」の中で重要なのは、一つの有名な事件が起きたからだけではありません。

日本という古代国家が形づくられていく過程そのものが、この地下に残されているからなのです。

「何もない」をどう見るか

飛鳥宮跡を訪れると、豪華な建築物はありません。

五重塔もありません。

巨大な石室も、壁画もありません。

目に入るのは、石敷きの広場や井戸跡、柱跡を示す表示、そして周囲に広がる飛鳥の風景です。

けれど私は、こうした遺跡には、建物が残っている場所とはまた違った面白さがあると思います。

少し立ち止まり、案内板を見る。

柱の位置を確認する。

そして、

「正殿はこのあたりだったのだろうか」

「皇極天皇は、どこに座っていたのだろう」

「中大兄皇子や中臣鎌足は、どんな気持ちでその時を待っていたのだろう」

そんなことを思いながら歩いてみる。

目の前に建物が残っていないからこそ、自分の頭の中で七世紀の飛鳥を組み立てていく楽しみがあります。

飛鳥宮跡は、見る遺跡というより、想像しながら歩く遺跡なのかもしれません。

発掘によって、宮殿跡には掘立柱建物や塀などが幾重にも重なっていることが明らかにされてきました。公的な儀礼や政務の場と、天皇の私的な居住空間とが一体となっていた宮殿の姿も研究から見えてきています。

地表に見えているものは、ごくわずか。

その下には、まだ七世紀の時間が眠っています。

そう考えると、何もないように見えた草地が、急に違って見えてきます。

飛鳥寺と飛鳥宮――仏教と政治が隣り合う

前回訪ねた飛鳥寺と飛鳥宮跡は、それほど離れていません。

ここも、飛鳥を歩くときにぜひ感じてほしいところです。

一方には、日本で最初の本格的な仏教寺院。

もう一方には、歴代天皇が政治を行った宮殿。

宗教の中心と政治の中心が、同じ飛鳥の狭い地域に存在していました。

蘇我馬子が建立した飛鳥寺は、仏教信仰の場であるとともに、当時大きな政治力を持っていた蘇我氏を象徴する存在でもありました。

そして、そのすぐ近くでは天皇の宮が営まれていました。

寺院、宮殿、豪族の邸宅、工房、祭祀の場所。

飛鳥を歩いていると、現代の私たちが地図の上で別々の「史跡」として見ているものが、当時は一つの生活圏、一つの政治空間としてつながっていたことに気づきます。

だからこそ、飛鳥寺だけを見る。

飛鳥宮跡だけを見る。

それでは、少しもったいない。

二つを続けて歩くことで、仏教の受容と政治制度の変化が、同じ時代、同じ場所で進んでいたことが実感できます。

飛鳥宮跡から「日本のはじまり」を眺める

飛鳥宮跡には、目を奪うような建造物は残っていません。

写真一枚で「すごい」と伝えるのも、少し難しい場所です。

けれど、その静かな場所に立って歴史をたどってみると、ここほど「日本のはじまり」という言葉が似合う場所もないように思えてきます。

宮が一か所に定着する。

豪族を中心とする政治が変わっていく。

律令による国家の仕組みが整えられていく。

そして、その先に藤原宮という本格的な都が生まれる。

世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」は、この流れ全体を私たちに伝えています。

飛鳥宮跡は、その物語のちょうど真ん中に立っています。

何もないように見える広場。

けれど、その地下には、いくつもの宮殿が重なり、日本という国が形をつくっていった時間が眠っています。

飛鳥を訪れたなら、ほんの少しだけ立ち止まってみてください。

七世紀の人々が、この場所で何を考え、何を目指し、どんな国をつくろうとしていたのか。



⭐︎交通 
近鉄🚃橿原神宮前駅or飛鳥駅下車。明日香周遊バスで「岡橋本」または「岡天理教 前」で下車。徒歩で数分です。
駐車場🅿️は用意されてないため、明日香村を巡る際は、レンタサイクル🚲または周遊
バス🚌を利用するのがおすすめです。
村内周遊かめバス〜本数は少なめなのでご確認ください。
レンタサイクル飛鳥駅前〜アップダウンもあり、電動アシスト付きをお勧めします。
⭐︎参考
飛鳥宮跡だけを単独で訪ねるというより、飛鳥寺や石舞台古墳とあわせて歩くことで、宮殿・寺院・古墳という飛鳥・藤原の宮都の三つの顔を、一続きの風景として体感することができます。

🍀ご案内🍀


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